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暴力装置
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=== マックス・ウェーバー === 1919年の講演を記載した著作『[[職業としての政治]]』の中で、[[マックス・ウェーバー]]は、[[主権国家]]とは「合法的な[[暴力の独占]]」であるとして、「国家権力(国家暴力)の主な手段」({{lang-de|Hauptinstrument der Staatsgewalt}})との用語を使用した。 {{Quotation|近代国家の社会学的な定義は、結局は、国家を含めたすべての政治団体に固有な・特殊の手段、つまり物理的暴力の行使に着目してはじめて可能となる。「'''すべての国家は暴力の上に基礎づけられている'''」[[レフ・トロツキー|トロツキー]]は例のブレスト-リトウスクでこう喝破したが、この言葉は実際正しい。(略)国家とは、ある一定の領域の内部で----この「領域」という点が特徴なのだが----正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する人間共同体である、と。国家以外のすべての団体や個人に対しては、国家の側で許容した範囲内でしか、物理的暴力行使の権利が認められないということ、つまり国家が暴力行使への「勝利」の唯一の源泉とみなされているということ、これは確かに現代に特有な現象である。|[[マックス・ウェーバー]]『[[職業としての政治]]』<ref>訳 [[脇圭平]]、岩波文庫、1980年3月17日第1刷、1998年5月15日第34刷、p8-10</ref>}} なお権力と暴力に対する捉え方においてマックス・ウェーバーは[[ハンナ・アーレント]]と対比されることも多い<ref name="iwanami29">岩波講座政治哲学4『国家と社会』2014年2月 29頁</ref>。しかし、ウェーバーの政治観を「暴力装置」のみで理解することは一面的に過ぎると指摘されている<ref name="iwanami29" />。ウェーバーの理論では支配の安定は諸々の利害や動機の連関の上に成立するとし、人々が支配を支持するような動機づけ(正当性という)が重要視される<ref name="iwanami29" />。ウェーバーのいう「正当性」とは特定の価値的な立場を意味するものではなく、様々な価値的な立場の多様性(もしくは対立の可能性)を前提に、それにもかかわらず成立するような政治的規範の位相をいうとされている<ref>岩波講座政治哲学4『国家と社会』2014年2月 29頁-30頁</ref>。ウェーバーは正当性のあり方により支配の類型化を行った<ref>岩波講座政治哲学4『国家と社会』2014年2月 30頁</ref>。
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